大判例

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横浜地方裁判所 昭和50年(ワ)1217号 判決 1979年3月30日

原告

増山芳夫

右訴訟代理人

大倉忠夫

被告

右代表者法務大臣

古井喜實

右指定代理人

細矢良次

外七名

主文

一  被告は原告に対し金一七六万一七六四円およびこれに対する昭和五〇年八月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

五  被告において、金一七六万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免かれることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二六八万七二三六円およびこれに対する昭和五〇年八月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言を付する場合の担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下、地位協定という。)に基づき、被告に雇傭されアメリカ合衆国軍隊(以下、米軍という。)に使用される労働者として、横浜市中区新港町無番地、在日米陸軍横浜冷凍倉庫に勤務していたが、昭和四四年一二月六日午後三時三五分ころ、同倉庫の四〇号ビル後部入口のシヤツター(以下、本件シヤツターという。)が上部の巻取ローラー付近でガイドレールをこえて上に行き過ぎ、下に降りなくなつた際、フオークリフトの安全作業パネルに乗り、バールを用いてシヤツター下部の一端をガイドレールに正常に置こうとしたところ、突然シヤツターが巻取ローラーを逆回転して撥ね返つてきたので、生命、身体に対する危害を回避するため、とつさに約二メートル下のコンクリート製の床に飛び降りたが、その際の衝撃により、左足踵骨折の傷害を受けた(以下、本件事故という。)。

2  被告の責任

(一) 雇傭主には、雇傭契約に付随する義務として一般的に労働者の作業現場を調査し、その安全を確認すべき義務があるが、右義務は、雇傭主が労働者を直接指揮監督しえない場合でも、直接の指揮監督権限を有する者を通じていわば間接的に雇傭主に課せられている義務であると解されるところ、原告は被告に雇傭され、米軍基地において労務に従事させられている労働者であるから、被告は原告を労務に従事させるについては、その労務を提供する場所、施設等の安全に配慮し、生命、身体、健康に危険な施設についてはこれを補正し、または米軍をして補正させて、いやしくも被告の雇傭する労働者の生命、身体および健康に危険のないよう配慮する義務(いわゆる安全配慮義務)があるというべきであり、このことは、被告とアメリカ合衆国との間の基本労務契約第一六条、第一七条、第一四章および第一六章の各規定の内容からも明らかである。

(二)(1) しかるに、本件シヤツターは、その左右両端の切断面が滑らかでないためガイドレールにひつかかりやすく、左右いずれかの端がひつかかるとシヤツター下部が斜めになり、ガイドレールから外れることがあつたほか、ガイドレールの上部にストツパーが取り付けられていなかつたのでガイドレールの上部から外れる危険があつた。さらに、天井に固定した巻取ローラーが露出しているため、シヤツターが逆回転して撥ね返り、それが外れたシヤツターをガイドレールに戻す作業をしている者に激突して生命、身体に危害を加えるおそれがあるなど、本件シヤツターは瑕疵ある工作物であつた。

(2) しかも、右シヤツターの欠陥は、本件事故以前からも当該職場においてよく知られており、職場に設けられていた苦情処理委員会でも従業員代表から再三にわたり改善要求がなされていたにもかかわらず、米軍および被告は何らの修補措置を講じないまま本件シヤツターの欠陥を放置したため本件事故が発生した。

(3) ちなみに、昭和四九年四月一一日午後三時四〇分ころ、本件シヤツターにより本件事故と全く態様を同じくする事故が発生し、その被害者である桜庭鉄太郎が死亡したため、本件シヤツターは新しい安全なものと取り替えられた。

(三) 以上によれば、被告には、被告が米軍を通じて間接的に有する雇傭契約上の安全配慮義務を怠つたことによる債務不履行に基づき、または、地位協定の実施に伴う民事特別法(以下、民事特別法という。)第二条(予備的に第一条)に基づき、原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。<以下、事実省略>

理由

一請求原因事実第一項(本件事故の発生および態様に関する事実)は当時者間に争いがない。

二そこで、被告の責任について判断する。

<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、地位協定に基づき被告に雇傭され、グリス工として米軍に労務を提供している労働者であり、その直接の監督、指導、統制および訓練等はアメリカ合衆国側が行なうこととされているが、給与の支払いは法律上の雇傭主たる被告側が行なうものとされている(基本労務契約第八条a)ほか、被告とアメリカ合衆国との間の基本労務契約によれば、

(一)  被告側およびアメリカ合衆国側は、基本労務契約に基づき提供される従業員の福祉のため、日本国の法律により事業主に要求されるところに従い、作業上の安全及び衛生に関する計画を立てこれを実施するものとする(第一六章1)とされていること。

また、災害防止に関する事項はアメリカ合衆国側が行なう(同章2)が、衛生管理者の任命、研修、教育、応急手当に必要な救急用具および救急薬品の購入、保管、健康診断等の衛生に関する医務関係業務は被告側が提供する(同章3)ほか、被告側は、労働安全衛生規則その他の日本国の法令に基づき、雇傭主に要求されるすべての報告書を作成し、アメリカ合衆国側は、報告書作成のため被告側が必要とする資料を要求に応じて、被告側に提供するものとされていること(同章4)。

(二)  被告側は、基本労務契約に基づき提供される従業員の福利厚生を図るため、アメリカ合衆国側の各施設ごとに福利厚生勘定を設け、運営するものとされていること(第一七章1)。

(三)  部告側は、法律上の雇傭主として、日本国の労働法規の定めるところに従い、労働組合の正当な代表者と労働協約に関する交渉を直接に行なう責任を有するとされていること(第一六条a)。

(四)  さらに、基本労務契約に基づき提供される従業員が勤務する施設及び区域に関して日本国の労働法令の検査規定上必要な検査は、アメリカ合衆国側の諸規則及び保安計画を適宜に考慮し、かつアメリカ合衆国側の業務運営の状況及び計画に支障をきたさない時期に被告側が行なうものとされていること(第一七条)。

などを内容とする諸規定が存すること。

2  ところで、本件シヤツターは、巾約4.3メートル、高さ約4.7メートルの鋼鉄製のスライデイング・シヤツターであるのに、チエーンを手で引つぱるなどして上げ下げする旧式のもので、しかもシヤツターの両側にある誘導レールの上端にストツパーがないためシヤツターを巻き上げすぎると誘導レールからはずれやすいこと、シヤツターがいつたんレールからはずれるともとの適正な位置にもどすのは容易ではなく、ときにはシヤツターの底部側端が誘導レールの最上部につかえて巻き取りローラーだけが逆回転する結果、誘導レールの最上部につかえてたまつていたシヤツターのふくらみの部分が突然溝からはずれて修理をしている者の方へ撥ね返つてくることがあること、また、巻き取りローラーが箱の中に収納されていないため、シヤツターを必要以上に巻き上げすぎると一回転したシヤツターが後向きに撥ね返つてくることがあるなど極めて危険なものであること。

3  本件シヤツターは、本件事故以前から故障が多く、現地施設の苦情処理委員会の席上でも従業員代表から何度か本件シヤツターの改善要求がなされたが、予算の関係等で修理されるに至らなかつたこと。

4  その後昭和四九年四月一一日、本件事故と全く態様を同じくする事故が発生し、倉庫係の従業員一名が死亡したこと(この点は当事者間に争いがない。)、そのため本件シヤツターは撤去され、ドアに改造されたこと、本件事故後も本件シヤツターは何度も前記2のような故障を繰り返し、その都度従業員川添定次が修理していたが、シヤツターそのものは右の昭和四九年の事故が起こるまでついに取り替えられなかつたこと。

以上の各事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、成程、原告が雇傭契約上の労務を提供するにあたり、被告において使用主としての直接の指導、統制、訓練その他の指揮監督の権限を有してはいないが、原告が米軍に使用され米軍の施設内で労務に従事すること自体が原告・被告間の雇傭契約の内容をなし、これに基づくものであるから、この場合米軍は、被告に代つて使用主としての指揮監督をなすものであり、またこれに伴つて被告に代つて労務者に対する安全配慮義務を負うものであるということができる。一般的に、債務者が債務の履行にあたり履行代行者を用い、かつその用いることが許容されている場合に、債務者自身が債務不履行の責任を負うのは、債務者がその履行代行者の選任、監督につき過失がある場合に限定されると解せられるところ、本件のように被告が地位協定に基づいて米軍の日本における労務の需要の充足を援助するため、その労務に従事する日本人従業員(以下単に従業員という。)を提供する場合に、被告と米国ないし当該従業員を使用する米国機関との間に、いわゆる選任の問題が生ずる余地はなく、また私契約的な監督関係が生ずるものでもないことは言うまでもない。しかしながら、地位協定第一二条第五項では「賃金及び諸手当に関する条件その他の雇用及び労働の条件、労働者保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない。」と定められているのであるから、米軍が、日本人従業員の労務提供のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理もしくは使用者の指示のもとに提供する労務の管理にあたつて、いわゆる安全配慮義務を尽すよう、被告は米国政府代理者もしくは基本労務契約担当代理に対し、行政協定締結当事者としての立場から、具体的事例の発生に際しては、日本国法令(判例による解釈を含む)の内容を説明し、同法令に準拠して当該事例が処理されるよう要請すべき責務があり、この要請を行なわないかまたは行なつてもその効果が得られない場合には、被告は、第二次的に日本人従業員に対して、雇傭主としての責任を負うに至ると解するのが相当である。このことは、被告が日本人従業員の勤務する施設および区域に関して労働法令上の検査権限を有する等の前記基本労務契約中の諸規定の上にも、日米合同処理ないし援助協力の趣旨のもとに、あらわれており、茲に、被告は、直接の使用者たる米軍を通じて、いわば間接的にではあるが、なお法律上の雇傭主としての立場に基づく雇傭契約に付随する信義則上の義務として、日本人従業員(雇傭契約等一定の法律関係に基づいて被告と特別な社会的接触の関係に入つた当事者であればよく、必ずしも公務員である必要はない。)の本来の職務および事実上もしくは慣習上これに付随する職務から生ずる労働災害による危険に対して従業員をして安全に就労せしめるべき義務を負うものと解せられる。然るところ、前記一、二判示の事実によれば、被告との基本労務契約に基づき被告が提供した従業員の安全を被告にかわつて保護すべき立場にある米軍はその義務を怠り、本件シヤツターを通常有すべき安全性を備えないままの極めて危険な状態で放置したため本件事故が発生したものと認められ、他に不可抗力等被告もしくは前記のとおり被告にかわつて従業員の安全を保護すべき立場にある米軍がその義務を尽したにもかかわらず本件事故が発生したことを認めるに足りる証拠は存しないから、被告には原告の蒙つた損害を賠償する責任があるというべきである。

三被告の抗弁について判断する。

1  まず、被告は、原告の損害賠償請求権が本件事故発生の日の三年後である昭和四七年一二月六日の経過とともに時効により消滅したと主張するが、原告の右請求権は被告が雇傭契約に付随して信義則上負つている安全保護義務に違反したことを理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権であるから、その消滅時効期間は一〇年と解すべきであり、したがつて、本訴提起当時いまだ消滅時効は完成していない。

2  つぎに、過失相殺の主張を検討するに、<証拠>を斟酌すれば、本件シヤツターは本件事故発生以前から故障が多く、従業員から改善要求がなされていたが、いまだ改善されるに至つていなかつたこと、したがつて故障した場合にはその都度従業員が修理して使用せざるを得なかつたこと、また、原告が修理の際に用いたフオークリフトの安全パレツトには周囲に防護用の柵はなく、本件事故当時防護柵または手すりのついた安全作業パネルは存在しなかつたこと、したがつて、他に特に安全な修理方法はなく、他の従業員も原告と同様の方法により本件シヤツターを修理していたこと、が認められ、また原告の修理方法に格別不注意な点があつたことを認めるに足りる証拠も存しないから、原告に過失があつたとは認め難く、被告の過失相殺の主張は理由がないというべきである。<以下、省略>

(安井章 大塚一郎 矢崎博一)

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